最終更新日2026年6月11日
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詳解世界史歴史地図・図解


ウマイヤ朝のイベリア征服(711〜732年)



(この画像と説明文は『世界史地図・図解集』に収録されています)


 西ゴート人は410年以降,ガリア(フランス)南部に入り,トロサ(現トゥールーズ)を都に418年西ゴート王国を建てました。
 409〜20年のあいだに,西ゴート人はピレネー山脈を越えて,西ローマ帝国が支配するイベリア半島に侵入しました。
 507年クローヴィス率いるフランク軍に敗れたため,西ゴート王国はイベリア半島のトレドに遷都し,711年にイスラームのウマイヤ朝に滅ぼされるまで,その地で存続しました。
 8世紀初めになるとウマイヤ朝(661〜750年)は北アフリカの先住民であるベルベル人の抵抗を排して北アフリカを西進し,711年にはイベリア半島に進出して西ゴート王国を滅ぼしました。このときから1492年のグラナダ陥落まで,イベリア半島には800年近くにわたってイスラーム政権が存続し,高度なイスラームが形成されました。
 なお,中世フランスの武勲詩の代表的作品である『ローランの歌』は,カール大帝のイベリア遠征(778年)中のブルターニュ辺境伯ローランの戦死の史実を素材としています。

ウマイヤ朝のイベリア征服(711〜732年)